COFFEE BREAK

フクロウはリビングのソファに腰かけて、キッチンに立つカラスの後ろ姿を見つめていた。
(なんだか妙な感じだな)
そもそもフクロウは料理は得意で、カラスにやらせようと思ったことなど無い。
カラスの方が気をつかって手伝いを申し出たことはあったが、あまりの手際の悪さにかえって手間がかかることが分かってからは、フクロウも一切手伝わせなくなった。
そのカラスがキッチンに立って、しかも楽しげに作業している。
カラスは薬缶を火に掛けながら、銀色の円筒形の筒のハンドルを回していた。
ゴリゴリと音が響くたびに、コーヒー豆の良い香りが立つ。
(うーん)
なんとはなしに見ているだけなのは手持ちぶさたで、フクロウは立ちあがるとキッチンに向かった。


「フクロウ、お願いがあるんだけど」
カラスがえらく真剣な面持ちで切り出したのは先週のことだ。
付き合いだして半年余り。
ここ最近は若干仕事も落ち着いて、カラスは毎週末をフクロウの家で過ごすようになっていた。
そのいつもの週末、フクロウの作る食事を一緒に食べ、食後のコーヒーを飲みながらのくつろぎの時間。
ソファに並んで腰掛け、さて甘い時間の始まりとばかりフクロウはカラスを抱き寄せようと伸ばしかけていた腕を止める。
「?なんだ?」
そのきまじめな様子に、何を切り出すつもりか漠然とした不安に駆られ、フクロウもこれまた神妙な面持ちで尋ねた。
「その…コーヒーなんだけど、俺が淹れたら駄目かな?」
「はぁ?」
正直拍子抜けしたフクロウは、手にしたコーヒーカップを取り落としそうになる。
「なに?お前コーヒー淹れたかったの?」
フクロウはそんなことかとばかり、力を抜いて手にしたカップを口に運ぶ。
「うん…フクロウが厭だったらやめとくけど…」
しょんぼりと肩を落として言うカラスを見て、フクロウは慌てて言う。
「別に厭じゃねーよ。つーかそんなのやりたかったらやってくれよ」
実際そんなことくらいいつでもやってくれていいのにとフクロウは思う。
今だって自分が用意する前に一声掛けてくれれば、いつでも替わってやったのにと目の前のコーヒーメーカーを見て苦笑を漏らす。
「本当にいいのか?」
ぱっと顔を輝かせこちらに向き直るカラスを見てフクロウは苦笑を笑みに変えた。
以前に料理の手伝いをきっぱり断っている事から、彼なりに遠慮していたのかもしれないと思うと、その逡巡する心根がなんとも可愛らしく思える。
料理にはそれなりのこだわりがあるフクロウだが、コーヒーはそれほどの執着はない。
食後にコーヒーが欲しくなるのは、長年営業をしてきた習慣みたいなものだ。
さすがにインスタントではあんまりかなと思うので、挽いた粉を買ってきてコーヒーメーカーで淹れている。
水を汲んでだら人数分の粉をいれてセットするだけの簡単な作業だ。
いくら不器用なカラスでも失敗する心配などないであろうとフクロウは考えた。
「いいぜ、今度から頼むよ」
「ありがとう、フクロウ」
カラスは子供のように無邪気な笑顔をフクロウに向けた。
その明け透けで無防備な様子に、ついフクロウの悪戯心が頭を擡げた。
「お礼はキスひとつな」
ニヤニヤと笑いながら言うと案の定カラスは真っ赤になって絶句した。
「!」
フクロウは、今更こんな提案で赤くなることもないだろうにと思いながら、カラスの変わらない初心な反応が可愛くてたまらなかった。
それにしても、たかがキスごときでこれほど狼狽えるとは、彼女との時はどうしてたんだといらぬ心配までしてしまう。
「ほら」
言いながら、カラスに顔を近づける。
「あ…、目…目瞑ってくれよ」
覚悟を決めた様子のカラスはおずおずとフクロウの頬に手を伸ばしながら言った。
フクロウは素直に目を瞑ってやり、カラスからのキスを待つ。
カラスはゆっくりと顔を傾け、フクロウの唇に自分のそれを重ねた。
何度重ねたか分からない口づけは、しかしカラスからすることは滅多にない。
せいぜい情事の最中夢中になって口づけるくらいで、こんな風に改めてするなど初めてのことだった。
いつもは煙草の味が残る唇が、今日はたった今飲んでいた珈琲の味がする。
「ん…」
フクロウは唇を薄く開き、舌をさしだし誘うようにカラスの唇を舐める。
カラスも応えるように舌を出し、誘われるままにフクロウの口腔に差し入れる。
「…ふ、…ん」
フクロウは差し入れられたカラスの舌に己の舌を絡め、吸い上げる。
そうしながら、カラスの身体を抱き寄せ自らの膝の上に抱き上げた。
カラスもフクロウにしがみつきながら、夢中でフクロウの口腔をまさぐる。
ピチャピチャとお互いの唾液がたてる音が響き、無意識に互いの下肢を擦りつけ合う。
「…ぁは…ぁ」
角度を変えては唇をあわせ、その度に飲み下せなかった唾液がこぼれ落ちていく。
フクロウは抱きしめた身体をまさぐりながら、カラスのジーンズのボタンを外し、手を差し入れた。
「あ…!」
カラスの身体がビクリと跳ね、唇を離す。
目を落とすと、自分の性器がフクロウによって掴み出される様が目に入った。
「もう濡れてきてるな」
ゆっくりと性器をなぞりながら、フクロウはカラスの耳元に囁いた。
「ぁ…」
身体の奥からぞくぞくとあがる快感に震えながら、カラスもフクロウの下肢に手を伸ばす。
フクロウのジーンズの前はすでに膨れあがっており、窮屈そうに布を押し上げている。
「お前も…」
掠れた声で言いながら、カラスはフクロウの前をくつろげ、性器を解放した。
半ば立ち上がり充血した性器を柔らかく握り混むと、フクロウから身体を離す。
うまく動かない体をゆっくりとずらせフクロウの膝から下り、横に座ると下肢に顔を埋めた。
「!」
カラスはフクロウの性器を口に含むと、刺激を与えながら頭を上下させる。
思いもかけない積極的なカラスの行動に、フクロウは早々に股間が高ぶるのを感じながら、指を口に含み身を屈めた。
ソファに四つん這いになったカラスの尻から、ジーンズが脱げかけている。
フクロウは下着ごとジーンズをずらし、白い双丘を顕わにするとその中心に指を沈めた。
「ー!」
カラスはくぐもった声を上げ、一瞬身体が硬直する。
だが、すぐに緊張を解き、強ばりを緩める。
フクロウは指をゆっくりと差入れ、内部をほぐしていく。
カラスが自分に与える愛撫の動きに合わせるように、緩急をつけ刺激を加える。
「…は…ぁ」
やがてカラスの身体が小刻みに震えだし、フクロウの性器から手を離した。
「フクロ…」
紅潮した頬に限界を訴えた潤んだ瞳で見上げられて、フクロウはカラスの身体を抱き起こす。
己の性器はカラスの唾液でぐっしょりと濡れ、更にそれだけでない液体に濡れて屹立している。
「俺ももう…」
カラスの足に絡んだズボンをかなぐり捨てると、フクロウは座ったままの体勢でカラスの身体を貫いた。
「あぁー!」
向かい合った格好で繋がり、フクロウはカラスの腰を掴み上下に揺すぶった。
「あっあっあ!」
カラスは不安定な姿勢にフクロウの肩を強く掴み、身体を支えながら律動に身を任せる。
「…あ…い…いぃ」
背中を弓なりにそらせ、カラスは快感を享受する。
互いの腹に挟まれた性器が擦られるたび、新たな快感が湧き出てカラスを追い上げる。
「…!っ!」
限界が近くなったカラスの内部がきつく収縮し、フクロウ自身を締め付ける。
「…くっ」
フクロウは低く唸ると、カラスの尻肉を両手で鷲掴み、思い切り揺すぶる。
「あぁっ!あっ!」
脳髄が痺れるような感覚に身を任せながら、カラスは無理矢理フクロウの首に齧り付き、唇を重ねた。
「んぁ…ふぁ…」
深く唇を貪りながら、二人は互いに限界を迎えた。


後から近づいて、カラスの手元を覗き込むと、円筒形の筒から粉になったコーヒーが円錐形のフィルターに入れられるところだった。
「なに?フクロウ」
肩越しにフクロウを見遣ると、カラスが言う。
「いや、どんな風に淹れるのかなぁて思って」
「俺のは自己流だけどね」
笑いながら、カラスは湯気を出し始めた薬缶に手を伸ばすと、そこから湯を口の細いポットに入れ替える。
(めんどくせぇことするなぁ)
心の中で思いながら、フクロウはカラスの作業を見続けた。
料理の手伝いを申し入れたときの手際の悪さからは、想像できない手慣れた様子に素直に感嘆する。
そうしながら、今日カラスがうちに来るときに持ってきた大荷物を思い出す。
カラスはコーヒー道具を一式家から持参してきたのだった。
豆も密閉容器に入ったものを持ってくる念のいれようだ。
その有様からフクロウは、カラスがコーヒーを淹れたいというのは、自分が考えているような理由ではなく、いつも自分が淹れているコーヒーに不満が有ったと言うことなのだと悟った。
それならそれで、やはりもっと早くに言えばいいのにと思わずには入られなかったが、逆に考えれば、そんなことを言える仲にやっとなったのだともいえる。
「いっつも家でそんなことしてんのか?」
「え?いやいつもってわけにはいかないけど、休みの時とかはなるべく淹れるようにしてるんだ」
カラスはポットの細い口から少しずつ少しずつお湯を注いでいく。
水を含んだ粉が膨れあがり、その度に得も言われぬコーヒーの香りがたつ。
「良い匂いだな」
素直にフクロウが言うと、
「そうだろ」
とカラスが満足げに笑う。
「お前に旨いコーヒーを飲ませたいと思ってたんだ」
さらりと言われた言葉は、しかしフクロウをいたく感激させた。
自分が愛しく思う相手から、自分を喜ばせようという言葉を聞いて感激しない方がどうかしている。
フクロウは思わずカラスを抱きしめようとしたが、それはカラスに阻まれてしまった。
「危ないから座っておいてくれよ。もうじき出来るから」
出鼻を挫かれてしまったが、確かに真剣に淹れているカラスの邪魔をするのはやめておいた方がいいだろうと納得し、フクロウはソファに戻ると四肢を伸ばした。
ほどなく淹れ終わったカラスが、サーバーとカップを二客持って戻ってきた。
「お待たせ」
事前に温めてあったカップに均等になるようコーヒーを注ぐ。
「どうぞ」
少し照れたような、しかしどこか得意げな表情を浮かべ、カラスはフクロウに言った。
「それじゃ」
フクロウはカップを口元に運び、良い香りを存分に味わいながら一口飲んだ。
「…旨い」
世辞でも何でもなく、素直な感想だった。
「本当?良かった」
横でじぃっと見つめていたカラスがほっと肩の力を抜く。
更にコーヒーを啜りこみ、フクロウは続ける。
「うん、マジに旨い。茶店のより旨いんじゃないか?」
別にカラスを疑っていたわけではないが、これほど旨いとは正直思っていなかった。
フクロウの言いように、カラスも自分の分のカップに口をつける。
コーヒーメーカーで淹れるコーヒーが悪いとは思っていないが、確かにこんなのを飲んでいたら、物足りないだろう。
なんだか満ち足りた気持ちになり、フクロウはカラスの肩を抱き寄せ、額をつける。
「ありがとうな」
カラスは照れくさそうに笑みを浮かべている。
しかし、そのまま口づけようと顔を傾けたところで顔の真ん中を手で遮られる。
「カ、カラス?」
「ちゃんと飲んでからにしろよ」
頬を赤らめたまま、少し怒ったようにカラスが言う。
「先週みたいなのはごめんだからな」
あの時は、お前もノリノリだったじゃねーかと心の中で思わずにはいられないフクロウだが、確かにあの後互いの服とソファの始末に大変だったのは事実だ。
「わかったよ。飲んだらゆっくりな」
一瞬の隙に軽いキスをして再びゆっくりとコーヒーを楽しむ。
カラスは再び真っ赤な顔で何か言い足そうにしていたが、黙ってカップに口をつけた。
こうして二人寄り添っているだけでも、充分幸せな気持ちにはなれる。
(でもな)
それだけで満足するほど、自分は(多分カラスも)枯れているわけではないのだ。


「あーぁ」
もそもそとフクロウは朝の光りの中、寝台から身を起こした。
予告通り、あのあとたっぷりと時間をかけて愛し合った。
若干のダルさと補ってあまりある充足感に、フクロウはのびをしながら傍らのカラスを見遣る。
さすがにカラスはぐったりして、未だ夢の中のようだ。
いつも通り、恋人は寝かせておいてやることにしてフクロウは寝室から出て行った。
台所に行くと、夕べ流しに置いたままだったコーヒー道具一式が目に入る。
「そうだ」
フクロウはふと思いついたことを実行するため、さっそく洗い物に手を伸ばした。


「…」
良い香りに誘われるようにカラスは目をあける。
「あれ…」
この香りは昨日自分が持ってきたマンデリンの香りだ。
「なんで…」
フクロウの家に置いてあるのは、ブレンドの粉で全然香りが違う。
ぼんやりと戸口に目をやると、丁度フクロウが盆を手に入ってくるところだった。
「よ、起きたか」
手にした盆にはコーヒーカップが二客置いてある。
「フクロウ…それ」
ゆっくりと身を起こしながら、カラスが問う。
「あぁお前の真似して淹れてみたんだ」
「へぇ…」
フクロウは言いながら、ベッドの淵に腰掛け盆をカラスに差し出す。
「目覚めのコーヒーをどうぞ」
気取った手つきで盆を差し出したフクロウは、まるでギャルソンのようでカラスはおかしくなる。
「ありがとう」
笑いながらカップを受け取り、香りを吸い込む。
良い香りに期待を膨らませ、一口飲む…途端カラスの眉が八の字に顰められた。
一口口を付けたまま、硬直したようなカラスにフクロウは不安になる。
「…カラス?」
「…フクロウ」
低い声でカラスが唸った。
「コーヒーはやっぱり俺が淹れるから」
思いもかけない言葉にフクロウは慌てて自分の分に口をつけ、カラスの言葉の意味を悟った。


その後フクロウはカラスに隠れて旨いコーヒーの練習を積み始めたのは言うまでもない。

久し振りの小説は、リーマンネタ、SATOKOさんから大分前にリクエストされていたものです。カラスがコーヒーを淹れるのが上手、という設定でということだったんですが、大体の話はすぐできたけど、オチがつかずに寝かせていました。当のSATOKOさんにオチを貰ってようやく書きあげられたので、今更と思いつつUPしました。